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昭和27年(1952年)創業者の石塚昇は、隣村の親類の勧めで農業を辞め、納豆づくりの道に入りました。一通りの作り方は教わったものの、失敗の連続。しかし、持ち前の探求心で発酵室温度調整サーモメーターや舟型容器を考案し、独創的な納豆製造方法を確立していきました。昭和30年半ば、当時の納豆のほとんどは家内工業生産のなか、石塚は「とにかくうまい納豆を作る!」と味の改良に乗り出しました。 まずは、原料の精査をするために、納豆に最適な大豆探しを始めます。そして、茨城県内で栽培されていた小粒大豆から最適品種を発見し、栽培普及を図りました。さらに、試行錯誤のうえ、低温長時間発酵法を発見し、原料大豆に採用した「小粒大豆」の味を最大限に引き出す納豆作りに成功。苦労の末、くめ納豆は「幻の納豆」と呼ばれるまでに至りました。 |
| 納豆用最高級大豆の「納豆小粒」。 創業者石塚昇自らが「とにかくうまい納豆をつくる」ために農家を回り発見したもの。 当時の農家では冬に納豆を作る習慣があり、大豆の栽培が行われていました。 この地方の大豆は、長年閉鎖的に栽培され続けていたので、農家特有の変種へと変化していました。 その中から納豆にした時、独特のうま味を出す大豆を発見。品質の選抜育種を勧め栽培普及を図り、茨城県推奨大豆に認定され「納豆小粒(なっとうしょうりゅう)」と命名されました。現在の納豆用大豆の主流となっている「納豆小粒」は、石塚が発見し、多くの方に食べてもらいたいと広めたものです。 くめ納豆の味へのこだわりは、実は大豆へのこだわりから始まっているのです。 その精神は、後継者石塚昇一郎(現:代表取締役社長)に受け継がれています。 |
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![]() くめ納豆では「地方の名産品で終わるか、更なる発展に挑戦するか!?」という戦略の見直しを迫られました。 当然、更なる発展に挑戦することになり、それが第二創業期の始まりでした。そして、この時代に「くめ納豆」の原点が完成したのです。 創業者から後継者へと受け継がれてきた納豆用最高級大豆の「納豆小粒」を独占的に確保していた「くめ納豆」は、それを独自のブランド基盤として全国展開へと進んでいきました。 今では創業当時に培った「おいしさ」へのチャレンジ精神を活かした製品づくりを安定的に維持し全国の食卓へ「くめ納豆」をお届けしております。 |
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